ケリー・テイラーは今日も夜のスラムを我が物顔で練り歩く。ひびの入ったサングラスをかけ、ぼろぼろの黒い帽子を被り、本物の銃を腰にぶら下げたケリーは、若干十三歳にして既に統率者の貫禄を備えていた。実際彼はスラムの小さなギャング達から慕われ信頼され、親分と子分としての主従関係を着実に築いていたのだった。
 彼は現在とある場所へと向かっていた。とても大事な約束があったのだった。
 ケリーは回想する。彼が路地裏の溜まり場で煙草を吹かし仲間達とお喋りに興じていた時、大急ぎでそのざらざらした紙きれを届けにきたのは、彼の右腕であるチャールズであった。息を切らして紙きれを突き出したチャールズは、真っ青な顔をしていた。
「本当に一人で行くのか? ケリー、行って大丈夫なのか?」
 ケリーは紙きれに書かれた短く簡潔な文章を読んだ。そしてゆっくりと煙を吐き出すと、にやりと笑った。白い煙がゆらゆらと空に舞い上がっていく。
「大丈夫とかそうじゃないとか関係ない、男は行くとなっちゃ行くんだ。うじうじ悩むなんざ言語道断さ」
 紙きれに書かれていた内容はこうだ。
「ケリー、今晩夜の十一時四十五分に、二番街の倉庫前に一人で来い。待っている。親友より」
 犬の遠吠えが時折寂しげに響いていた。空はどんよりと曇っている。ケリーはどことなく物悲しさを漂わせる寂れたストリートを、倒れているドラム缶や猫の死骸を避けながらまっすぐ歩いていた。
 とうとうどちらが覇者なのか、決定する日が来たのだ。ケリーは二番地の大型倉庫の一番端の扉の前まで来ると、しばしその場に立ち尽くした。
「もういるんだろう? イライアス、時間を無駄にしたくないからさっさと出てこいよ」
 銃声がして、倉庫の壁に穴が開いた。ケリーは慌てずに背後を振り返った。車の入っていない車庫の中の暗闇から静かに現れたのは、紛れもなくイライアスその人であった。
「物騒な挨拶だな」
 ケリーは両手をポケットに突っ込んで、全く動じることなく声をかけた。イライアスは銃を手のうちでくるりと回転させる。
「試し撃ちさ」
 ケリーとイライアスはしばらく無言のまま向き合っていた。二人の間を冷たい風が吹き抜けていく。
 イライアスは頭に巻きつけたオレンジ色のバンダナを手で軽く整えると、ぽつりと言った。
「懐かしいな」
 風に吹かれて、コーヒーの空き缶がビルの前に転がって、からんと音を立てる。
「そうだな」
 ケリーは目を細めた。イライアスと初めて出会ったのは、八歳の時……脱獄、不法武器所持、強盗などその他もろもろの罪状で二度目の投獄にあった時のことだった。
「お前、ケリーだろ? 聞いたことあるぜ。お前の名は俺のところまでしっかり轟いていた。ちょっとばかり嫉妬したこともあったもんだ」
 イライアスはあけっぴろげにそう言って手を差し出したのだった。ケリーもその手を躊躇いなく握り返した。その日から彼らは紛れもない本物の親友だった。
 服役中の過酷な労働のチームメイトとして出会った彼らは、同じ出身、同じ年齢、同じ身分ということですぐに打ち解けることができた。それでなくても彼らは妙にうまがあった。当時一緒に脱獄を計画し、実践をやり遂げたのも彼であった。
 しかし互いに才能のあった二人の交流は、決して長く続かった。別に仲が噛み合わなくなったわけではない。理由はもっと単純なものだった。
「統率者は、この狭いスラムに二人も要らない。お前は邪魔だ、ケリー」
 イライアスは、ある日ケリーに人指し指を突き付けてそう言ったのだった。ケリーは目を閉じて、彼の挑戦的な態度に頷いた。
「そうだな……俺もそう思っていた」
 その頃、ケリーが率いるグループである"Swift Wind"とイライアスが率いるグループである"Thunder Clap"は表と裏のように互いに縄張りが重なるのを避けながら拡大していき、静かに火花を散らしていた。ケリーのグループは交渉術から政治術まで多岐に渡る能力を駆使して暗躍しており、イライアスのグループは主に暴力によって数々の小党をねじ伏せていき着実に勢力を広げていた。相反する活動を行う二つのグループは、しかしいつしか些細ないざこざで何度も衝突するようになっていく。
 イライアスの言う通り、ウェストラインズは、二人の若き天才が同時に栄誉を手に入れるには、いささか狭すぎたのだった。
「良いか……十二時の鐘の音が合図だ。当たり前だが、相手の息の根を止めた方が勝利を手にする」
 イライアスは険しい口調でそう言うと、くるりと向きを変えてケリーから距離を取った。
「単純明快で良いな」
 ケリーがイライアスの背に呼びかけると、イライアスはくっくと笑いだす。
「俺らしいだろ?」
 二人の間に十メートル以上の間隔が空くと、足音は止まった。
 お互い、それ以上は何も喋らなかった。辺りには冷たい風がひゅうひゅう吹いている。凍えるような寒さだった。太陽が沈んだ後とはいえ、今日はかなり気温が低いようだ。
 しかしケリーはポケットの銃身を掴む右手が、じわりと汗ばむのを肌で感じていた。ケリーは目を閉じ、心を落ち着ける。
 銃の腕は、実のところイライアスの方が若干上だ。だが挑戦を受けた以上絶対に負けるわけにはいかない……少しも、気を抜くことなどできない。
 これは男のプライドの対決。生死を賭けた戦いだ。
 段々身体が冷え冷えとしてきた頃、街の方からぼーんと時を知らせる音が凛と響いてきた。それと同時に二人は俊敏に銃を構えた。
「今だ!」
 イライアスの叫びと共に、引き金が引かれる……はずだった。しかし思いもよらない出来事によって、それは遮られる。
 ケリーとイライアスの間で、唐突に爆発が起きたのだった。二人がそれが爆竹であると気付くのにかかった約一秒の隙の後に、ケリーは何者かに自分の腕がぐいっと引っ張られるのを感じた。
「チャールズ! お前つけてきてたのか!」
 ケリーは驚いて、この一騎打ちから自分を強制離脱させようとする小柄な少年に声を張り上げた。チャールズも負けずに大声を上げる。
「そりゃあつけるさ、時々とんでもない大馬鹿になる我らがリーダーを時期尚早で死なせないよう目を配るのも僕の役目だからなっ! ケリー、君は大勢の優秀な子分の人生を預かってるんだぞ、無暗に自分の命をどぶに捨てようとするな!」
「どぶになんか捨てねえぞ、俺が勝つんだから! これは真剣勝負だ! 邪魔は許されないっ!」
「そんなん知るか!」
 チャールズはケリーの抗議を一蹴しながら、築地をひらりと飛び降りる。そうなると、腕を強引に引かれているケリーも一緒に飛び降りざるを得なかった。
 そこに銃弾が次から次へとやたらに降ってくる。それが放置された車の窓ガラスや、細い木や、塗装の剥げたガードレールに当たった。しかしチャールズとケリーは銃弾の集中豪雨を無事切り抜け、既に廃ビルの間の路地へと入り込もうとしていた。先は迷路のように入り組んでいる。この暗さではもう追えないだろう。
「良いかケリー! このスラム……ウェストラインズを統べるのはお前なんかじゃねえ、この俺だ!」
 イライアスの吠えるような叫びが、夜のスラムにこだました。
 空を満たしていた雲の切れ目から、月がそっと覗いた。今宵はどうやら満月のようだった。

* * *


「ケリー、朝から晩までずっとこの調子だぜ……呼びかけてもむすっとして返事もしないし、何かあったのか?」
「放っとくのが一番なんじゃないか。俺はとばっちり食うのはごめんだぜ」
 ケリーは周囲のそんなひそひそ声を無視して、前に拾った旧式のラジオを聞きながら煙草をやたらに吸っていた。先日チャールズに決闘を邪魔されたことが、未だに心にしこりのようになっていた。
 やっとイライアスを倒して、俺が一番になれると思ったのに。
 チャールズの考えは理屈は分かるが、ケリーは好きではなかった。もっと豪快にやるべきだ。恐れずに戦う時は戦う。勝てばのし上がるし、負ければ死あるのみ。様子を伺うなんて、女々しいやり方はもっての外。
 ケリーは苛々が込み上げてきて、ラジオを地面に叩きつけた。子分達が何事かとこちらを見ている。ケリーは自分で破壊してしまったラジオを悪臭のするゴミ箱に投げ込むと、煙草を掴もうとする……が、ない。さっきので最後だった。
「散歩に行ってくる」
 ケリーは立ちあがると大股に歩いて行った。煙草ならリックが持っているだろう。ちょっと脅しかければ四、五本はくれるはずだ。
 外の空気を吸うと、いくらか気分が良くなった。またこういう機会は、嫌でも向こうからやって来るだろう……それまでにもっと鍛錬しておいて、今度こそ覇者になってみせる。ケリーは足早に石段を下って行った。
 ケリー・テイラーは今日も夜のスラムを我が物顔で練り歩く。そのひび割れたサングラスの奥の瞳に、燃えるような闘志を秘めながら。

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