舞台の前の白いベンチに腰をおろして、五人はそれぞれ物思いに耽っていた。
 俺は手では絶対届かない高さの天井に釣り下がる燃えるような輝きを放つシャンデリアを無言で眺める。
 休息は大事だが、休んだら休んだで何だか今後のことばかりが頭にちらついて憂鬱な気持ちが忍び寄ってきた。気が紛れるようなものも、残念ながらここにはない。
 ナツメは再びスマートフォンを取り出して一生懸命何かいじっていた。さっきから画面を見て、触っては、しきりにため息をついている。
「なあ、それ止めないか……余計落ち込むだけだろ」
 俺がそう言っても、ナツメは取りつかれたようにスマホを覗いている。まるで現実世界に通じる最後の希望をどうしても諦められないといった様子だ。
「だって他にすることもないし……」
「まあそうだけど、でも見ててこっちまで気が沈んでくるぞ」
「それは良かったわね」
 全然良さそうな感じのしない口ぶりでナツメは言った。俺は時折どっと襲ってくる疲労に対抗するために、自分の肩を手で軽くほぐし始める。
「それにしてもお前どんだけスマホ依存なんだよ、あれだ、授業中にこそこそ使ってて教師に取り上げられるタイプだろ?」
「そんなこと……まだ三回しかないわよ」
「三回……多すぎるほど多いぞ」
「知らないわよそんなの」
 俺が呆れて言っても、ナツメはしれっとしている。マイペースな奴だ。
 くだらないやり取りだったが、それでもただ黙って座っているよりは気分が楽になってきた。
「なあ、何がそんなに気になってるんだ?」
 俺は何気なくナツメのスマホを覗き込もうとした。ナツメは嫌な顔をしてさっとスマホを引っ込める。
「プライバシーの侵害」
「どうせ大したもんじゃないんだろ。さっきから何回も何見てんのさ、LINE?」
「構わないでよ、連絡取れれば良いだけなのよ……」
 ナツメは頭を抱え込んだ。その動作は緩慢で、いかにも疲弊している。
「誰と連絡取りたいんだよ、もしかして彼氏とか?」
 俺がちょっと好奇心半分で尋ねてみると、ナツメはきっと睨んできた。
「そんなもんいないわよ、あたしモテないし」
 いないのか。こういう外見を派手にしている奴って大抵好きでもないのに無理やり付き合ったりしているって見栄張る場合が多かったから、ちょっと意外だ。
「加奈にも真季にもからかわれるけど、いないもんはいないんだからしゃーないわ、欲しいと思ったらできるってものでもなし、いや別に欲しいわけじゃないけど……」
 ナツメは気だるそうに、スマホの画面を指でとんと突く。
「案外、真面目なんだな、考え方」
 俺は感心しながら呟いた。多少ステレオタイプの偏見で見てしまっていたかもしれないと反省する。ナツメはうろんげな瞳で俺の方を見返した。
「馬鹿にしてんの?」
「全くしてないぞ、お前はもう少し物事を素直に受け取った方が良いんじゃないか?」
「……あんたって変な奴。お節介でほんっとうざい」
 ナツメは「うざい」の部分をやたら強調して言った。かちんときたが、確かに彼女の言う通りかもしれない。俺は存外世話好きなところがあるようだ。一応長男だし。
「まあ、妹がいたらこんな感じなのかなあとは思う」
「同い年じゃない、やっぱり馬鹿にしてんでしょ?」
 ナツメは明るい色の髪をさっとかきあげると、丁寧に束ね始めた。すっきりしたポニーテールがはらりとカーブを下に向ける。ナツメはぽつりと話し出した。
「……お姉ちゃんにどうしても連絡が取りたいのよ。ちょっと前に喧嘩、しちゃったから」
 ナツメは不安げな表情を浮かべて、そっと俯く。髪が束ねられたおかげで、華奢なうなじが良く見えた。
 ……って俺は一体どこを見ているんだ。
「喧嘩なんてしょっちゅうだったから、気にすることなんて何もないはずなんだけど……お姉ちゃんついこないだ結婚して、離れて暮らし始めたのね。それまでお互いの気持ちなんていつでも手に取るように分かってたつもりなのに、駄目ねえ……毎日顔合わせるの止めちゃっただけで、もう何にも分かんないわ」
「……仲が良いんだな。離れてもそんな風に思えるなんて」
 兄弟姉妹との関係って案外難しいものだ。それなのにそうやって自然と気にかけられるような間柄を形成できるというのは、正直羨ましいような気もした。
 ふとカズキの方に目を向けると、彼は先程から手帳に何かをしきりと書きながら、懸命にトオルと話し合っていた。
 俺とカズキはどうだろう? はっきり言って、仲はそんなに良くない。お互いまるで無関心だ。たまに俺がカズキの考えなしの行動に注意して、カズキが反発することはあっても、喧嘩と呼べるほどに深入りする機会もなかった。いつかどちらかが家を出たら、きっとあっという間に疎遠になってしまうだろう。
 でも、そんなもんだよな。別に良いことでも悪いことでもない。お互いの気持ちを理解し合えないのに、無理に仲良くしたって仕方がない。

* * *


 気だるい空気が流れる中、目の前に薄ぼんやりと何かが像を結んでいった……それは時の城に来て最初に出会ったあの銀髪の少女、クローディアであった。
「皆さま、お揃いで」
 相変わらず平坦な印象を与えるその少女は、お辞儀をして言ったのだった。俺はすかさずクローディアにつかつかと近づいていく。
「クローディア……これは一体どういうことなのか説明してくれ!」
 まくしたてるような俺の詰問に、クローディアは少しも動揺を見せない。
「どういうことも何も。様々なおもてなしを用意していますが、楽しんで頂けておりますでしょうか?」
「楽しい、って……!」
 クローディアの質問に、俺は絶句した。こいつは何を言ってやがるんだ?
 俺は思わず怒鳴りつけたくなるような衝動を、拳を握って抑えた。一呼吸置いて、何とか落ち着きを取り戻す。
「もう良い、良いから、帰る道を教えてくれ」
 俺は言いながら、クローディアの肩を掴み、揺さぶった。しかしそうすることで、再び戦慄するような事実を発見してしまう。彼女の身体は、軽い、あまりに軽すぎる……明らかに人間のものではない、まるで内部が空洞になっているかのようだった……
「帰る道、ですか……私には分かりません。もしかしたらご主人様に聞けば、分かるかもしれません」
「そのご主人様とやらは、どこにいるんだ!」
「分かりません」
「何だって……!? だってさっきは呼ばれたって……!」
「最上階に行けば、話すことはできるのですが……でも今は会うことができないんです、私も」
 クローディアは淡々と告げる。話せば話すほど雲を掴むように謎が深まるようだった。俺は不意に眩暈が襲ってくるような気がした。
 そんな馬鹿なことってあるのか?
「……あの黒い化け物、何なんだ? どうして俺達を襲うんだ?」
 カズキが前に出て来て、クローディアにもう一つの疑問を突き付けた。クローディアの光沢のある灰色の瞳をじっと見ていると、また不安に呑まれそうな気持になってくる。
「皆さまはもうシャドウ・ナイトメアに遭遇したのですね。あれには私どもも手を焼いております」
「シャドウ・ナイトメア?」
 口を出したのはトオルだった。クローディアは「ええ」と頷く。
「この城に巣食う、忌むべきものです……その名の通り、影の中に潜んで待ち構えております。どうか移動の際はご注意を」
「何か対策はないのか?」
 俺は何だか無性に喉が渇くような気がして、唾を飲み込みながら尋ねた。
「そうですね……彼らが潜んでいる場所に光を当てることができれば、少しは効果があるかと。彼らは影の中を棲みかとしていて、それがなくなれば生きることはできませんので」
 そこまで説明すると、クローディアの姿が揺らぎ始め、消えようとしていることが分かった。
「待てよ! お前らぜってー許さないからな! こんな城抜け出してやる!」
 カズキがありったけの怒りを込めて叫んだ。クローディアは最初に会った時と同様に、その姿を跡形もなく消し去ってしまった。
「胸がざわざわしたわ……さっき話していた人、どういう人なの? 気配が変だった」
 ヒカリが不安げにトオルの服の袖口を引っ張る。トオルは目を瞑ったまま首を振って、こう言った。
「影の悪夢か……どうにかここを抜け出せると良いな……」

* * *


「兄貴、ところで、ちょっと」
 カズキは先程書いていた手帳を手に持って、俺に向かって手招きした。俺がやってくると手帳のあるページをシャーペンで示して見せる。
「作戦会議してたんだ」
 そこには二階の地図のようなものが書かれていた。例の黒い化け物が出てきたところに大きくバッテン印が描かれていて、そこを中央にして壁に八つの扉が並んでいる。両端には、二つの階段があった。
「化け物はここを通ればまた出てくるのかとか、逆に他のところにも出てくることはあるのかとか、色々問題はあるが取りあえず起こったことや、これから起こることを整理するために書いてみた」
 カズキは次にその横に書かれた三つの箇条書きを示して見せる。その内容は"一気に走り抜ける""みんなで協力して倒す""別の道を見つける"というものだった。
「取りあえずさ、上から順に試してみようかと」
 カズキは俺の反応を見ながら、右手の人差し指を立てた。
「一つ目の場合は……まず俺が通り抜けられそうか試してみる。大丈夫そうなら、後から他の四人が続けば良い……それでもヒカリは危ないだろうから、トオルは気をつけててほしい」
「お、おい……場合によってはまたお前同じ目に合うぞ」
 カズキは俺の言ったことは無視して、今度は中指を立てた。
「二つ目。これは兄貴とトオルには協力してもらう。あいつ光が苦手って言ってたっけか?懐中電灯があると助かるんだがな……どうもみんな持ってないな。でも懐中電灯の代わりに使えそうなものなら」
 カズキは得意げに演説しながら、ナツメの方を見た。ナツメはカズキと目を合わせながら握っていたスマートフォンを持ち上げた。
「そう、それ。貸してくれないか?」
「勿論、構わないわよ」
 ナツメはカズキにスマートフォンを手渡した。カズキは「サンキュ」と礼をすると、スマートフォンを手の中で傾けた。
「後これだけじゃちょっと心もとないから……ええと、二階の天井にランプが点々とついてただろ?」
 カズキは言いながら、にやりと笑った。
「あれちょっと拝借しよう。具体的には俺があの地点に近づくから、あいつが現れたら兄貴とトオルはランプを投げつけてくれ、俺はこのスマホのライトを浴びせる。そんだけ光を喰らったらあいつも消滅するしかないかもしれない!」
 カズキは興奮しながら言い終えると、今度は薬指を立てる。
「それから三つ目だが、基本的には一つ一つ扉を開けて部屋を覗いてく感じになるな……ゲームで言う探索モードってか? 扉の向こうに何があるか分かったもんじゃないから、慎重にいかないとな。取りあえず一つ目と二つ目が失敗した時の最終手段だ」
「ちょっと待てよ……本当にやるつもりか?」
 俺は唖然とカズキを見ながら呟いた。確かに一生懸命考えられた計画なのは良く分かるが、どうなんだろう……正直上手く行く気はしない。
「やってみるしかないだろ」
「せめて三つ目から先にやってく方が良いんじゃないのか。一つ目と二つ目は危険なのが分かりきってるし……」
「しかしそうなると却って危険なことになることだってありえるだろ? 取りあえず一階に戻ってこれるって分かってるシャドウ・ナイトメアに立ち向かう方がわくわくす……いや、現実的だ!」
 今何か聞き捨てならないような言葉が聞こえた気がするが……きっと気のせいだろう。
「やるのか?」
 俺はもう一度念を押すように聞いた。カズキはしっかりと頷いた。
「やるしかないさ」

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